櫻山神社 | 祭事暦

月  日 恒例祭儀 諸祭儀他
一月一日

一月四日頃~
一月二十六日
元旦祭
歳旦祭

年越祭裸詣り
初詣

会社安全祈祷
二月三日
二月八日
二月二十六日
節分祭

月次祭

針供養祭
旧三月三日
三月二十六日

月次祭
桃の節句(ひな祭り)
四月二十六日 月次祭
五月五日
五月二十五日


五月二十六日
五月二十七日

由緒祭
御輿渡御
旧城内由緒祭
例祭
報賽祭
端午の節句(武者飾り)

 
六月十日
六月二十六日

夏越大祓式
時計供養祭
七月七日
七月二十六日

月次祭
七夕飾り
うなぎ祭
八月二十六日 月次祭
旧九月九日
九月二十六日

月次祭
重陽の節句
十月十五日
十月二十六日
七五三祭
月次祭
十一月二十六日 新嘗祭
十二月二十六日
十二月三十一日
大祓式
除夜祭

「どんと祭」(裸詣り) 一月二十六日

旧年中にお祀りした御札、お守、正月の松飾り等を神社に納めお焚き上げすることにより年神様をお送りし、新しい年の無病息災や豊作を祈願する神事です。当社では、この日に裸詣りが行われます。一年間の無病息災、五穀豊穣、厄男の厄除けを祈る寒詣で、凜とした盛岡の冬の伝統行事です。
 

「節分祭」 二月三日

旧暦では立春を新年とすることもあり、立春の前に行われる節分の行事は、新年を迎える年越しの行事でした。この厄災を祓う行事は、古代中国の影響を受けて奈良時代以前から行われており、今日のような「福は内、鬼は外」の掛け声と豆をまく習慣もすでに室町時代の書物に見ることができます。このことは中国の「豆は災いを祓い、清めの力を持つ穀物である」という言い伝えがもとになっています。
節分は祓いの行事であることから、豆をまく人には厄年の人や年男・年女が選ばれます。盛岡では農耕と結びついた儀式が見られ、豆まきは農作や豆占いの作法であるともいわれます。

「櫻山神社例大祭」 五月二十五~二十六日

櫻山神社の例大祭は五月二十五日から始まります。御神輿が騎馬武者に先導されて盛岡市内を練り歩くとお祭り気分はピークに達します。境内には出店が立ち並び、多くの参拝者で賑わい、盛岡に初夏の訪れを告げる風物詩となっています。

「由緒祭」 五月二十五日

市内巡行を終えた後、御神輿を盛岡城跡公園内の櫻山神社旧本殿跡にお遷しし、南部家を始め役員総代崇敬者参列のもと旧城内由緒祭を行います。祭儀終了後、南部家は騎馬にて旧城内馬場をめぐり、御本丸跡地にてご神酒を参列者に拝戴致します。(一般の方もご参列できます)

「例祭」 五月二十六日

神社にとって最も大切な一年に一度のお祭りです。例祭では南部家盛岡藩に伝わる伝統行事「蛇沼相米神事」が行われます。午後からは拝殿にて早池峰岳流石鳩岡神楽、大宮神楽が奉納されます。

「報賽祭」 五月二十七日

県内を始め全国より当社に寄せられた「和歌」が神前にて披露されます。

「大祓式」 六月二十六日・十二月二十六日

大祓式は年に二度行われ、六月の大祓を夏越(なごし)の祓い、十二月の大祓は年越の祓いとも呼びます。
大祓詞を唱え、人形(ひとがた・人の形に切った白紙)により身についた半年間の罪・穢れを祓い、茅やわらを束ねた茅の輪(ちのわ)を三回くぐります。常に清らかな気持ちで日々を過ごせるよう、半年間の心身の穢れ(けがれ)を祓い清め、無病息災を祈る神事です。

「新嘗祭」 十一月二十六日

宮中では天皇陛下が神様に新穀をお供えし、御自らも食されます。『日本書紀』によると、天照大御神が「稲を育てて主食とするように」と高天原の稲穂をお授け下さいました。それ以来、日本人は稲を栽培し主食としてきました。五穀の豊穣を神様に感謝し、その年に収穫された米を始めとする穀物や酒をお供えする収穫祭で、宮中を始め全国の神社で行われています。

「大晦日」 十二月三十一日

十二月三十日までに神棚をはじめ、家中の煤払いを終えて神棚や玄関にしめ飾りをして門松を立てます。また神棚には新しい御札をおまつりします。こうして迎えた大晦日の夜を除夜というのは眠らずに夜を明かす意味があり、謹んで年神さまを迎えるためでした。

元来、節句(節供)とは皇室の年中行事である節日に、天皇に供された食事のことを意味し、後にはこの晴れの食事を供す日を節供と呼ぶようになりました。我が国では、縁起の良い陽数(ようすう・奇数)の重なる五節句が、特に重視されてきました。

「人日の節句」(七草のお祝い) 一月七日

この日は、お正月の「七草がゆ」を食べる日としてよく知られていますが、古く中国では正月七日に占い初めをすることから人日の節句と呼ぶようになりました。もともとこの日は神様に若菜をお供えし、それをいただいて豊作を祈る風習がありました。そこに中国の「人日」に七草のお吸い物をいただいて無病を祈る風習が重なったと思われます。「七草がゆ」には若菜の力強さをわけてもらいたいとの思いが込められています。

「ひな祭り」(桃の節句) 三月三日

ひな人形は身体についたけがれや災厄を移して、河川や海に流す人の形をした「人形」(ひとがた)に由来しています。近世以降、女児の健やかな成長を祝う行事へ変わり、女児がいる家庭ではひな人形を飾るため「ひな祭り」と呼ばれるようになりました。

「端午の節句」 五月五日

昔から、この日は菖蒲やよもぎを軒先に飾ったり、ちまきを作り菖蒲湯に入るといった邪気を祓う日でした。江戸時代に五節句の一つに数えられ、武家社会において男児の成長を祝う日となりました。柏餅は柏が新しい葉が生えないと古葉が落ちないことから、後継ぎが絶えないようにとの願いが込められています。

「七夕」 七月七日

中国の牽牛(けんぎゆう)・織女(しよくじよ)の星伝説と日本の棚機(たなばた)つ女の信仰が結びついた行事です。織女星と彦星が年に一度だけ会う日、七夕を棚機(たなばた)と書くことから、裁縫の上達を願う「乞巧奠(きこうでん)」に始まる星祭りとして伝わっています。五色の短冊に字を書いて笹竹に飾り、子供たちの読み書きや手芸の上達を祈る風習は江戸時代に盛んになりました。
盛岡では、この日に工夫を凝らした手作りの万灯を持った子供たちの行列が町内をまわり疫病退散、無病息災を祈る「万灯祭」が行なわれていました。

「重陽の節句」(菊の節句) 九月九日

この日は縁起の良い陽数(奇数)の最大値である九が重なることから 「重陽」と呼ばれます。他に「菊の宴」の別名もあり、長寿の花として大切にされてきた菊の花をお供えします。宮中では菊の花びらを浮かべた菊酒を頂く宴が開かれるなど長寿を願う日として伝わってきました。
現在、家庭で特別な行事を行っているところは少なくなりましたが、この時期になると各地で菊祭りや菊花展が開かれています。